さへずり草紙NEO

旧はてなダイアリーを引き継いでいます。

「ルルの豪邸」

 或る日、いつものやうにピエルブリヤントの常打ちになつてゐる松竹座の、餘つた楽屋にごろんと横になつてゐたら、掃除のをぢさんに箒の柄でたゝき起こされました。
「小僧、甘い顔してりやあ居ついちまひやがつて。叩き出すからさう思へッ」
 僕は柳行李ひとつ抱へて、楽屋から掃きだされてしまひました。そこで泣きながら文芸部にとぼとぼ入つて行くと、イキナリべーちゃん先生にぶつかりました。べーちゃん先生はいつものやうに僕の半ヅボンのお尻を勝手にツルッと撫でると、
「今日はどうしたつていふんだい。いつもみたいにメソメソして。」
 と訊きました。其れで楽屋から追ひ出されたことを云ふと、二村さんは
「なアんだ。それだつたら田島町の俺の下宿の近くに一軒家の空きが出てゐるから口を利いてやるよ。少し面倒な親父だが無理やり頼んだらマァなんとかなるだらう」
 と受けあひました。
 次の日さつそく田島町まで歩いて、二村さんの下宿のすぐ筋向かひにある一軒家の玄関の硝子にひつつけてある「貸家あり升」といふ紙きれを引つぺがして、前の晩に二村さんから貰つた鍵を鍵穴に突つ込んでがりがりと廻して、中に入りました。一瞬、むうつとした空気が鼻を襲ひましたが、微かな蜘蛛の巣を払ふと、僕は着替へや荷物の一切入つた行李を玄関わきの上りがまちに放り投げて、自分もすこし黴くさい畳にドシンと身を投げて目を瞑りました。
 薄い硝子窓を通して、玄関わきの小さな前裁の葉陰から洩れる光がちらちらと瞼に落ちました。僕は、これまでのヱノケン劇団での虐げられた毎日や酷い目にあつたことなどをゆくりなく回想しながら、「貸家とは云へ漸く自分の城を持つたんだ!」といふ快感に全身を痺らせながら、あたゝかい畳と空気にウトウトと昼下がりの眠りに誘はれました。


 いゝ気持ちで二村さんとは丸で違ふ素敵な男の人に抱かれてゐる夢を見てゐましたら、夢の埒外でガラガラガラッといふ乱暴な音が聞こへて、女の人の声で「えゝこゝだワ、間違ひないわッ。さあ急いで全部入れて頂戴ッ」といつたかと思ふと、はじめはしなやかな音でトントントン、と、続いてドタドタドタドタ、と人足らしい乱暴な足音がして、まもなく自分の寝てゐる真上の部屋からドシンドスンといふ矢鱈な音が聞へました。僕は天井から降る埃にひとつ大くしやみをしてボンヤリと起き上がりました。
 兎に角、無断で二階に昇つた者がゐるらしいのが判つたので、僕は恐る恐るへつぴり腰で安直な薄ぺらい板階段をぎしぎしと昇りました。二階から四段ほど下に迫つてソッと二階を覗き込みますと、案の定、人足がウロウロとして巨大な西洋トランクを階段わきの四畳間の続きの六畳間に移動してゐます。其れでたゞたゞ驚愕して腰を抜かしてゐましたら、頭上から断髪のルルの跳ねつかへるやうな活発な声が耳朶を直撃しました。彼女は歯切れのよい断髪の切先を揺らしながら、珍しく男もののシャツとニッカボッカーでポケットに手を突つ込んで居ました。
「アラッ雪夫さん起きたのネ。あなた失礼だわ、妾に引越し先も言はないでこんないゝお家に移るなんて。…二階は妾が使ふわね、いいでせう?女の子ですものね」
 僕はルルの白い美しい顔が幾分まじめに、幾分ふざけた調子で僕を睨んでいるのに対して、たゞポカンとしてゐるしかありませんでした。
「妾、ホラ自分の家なんて無いでせう?だから雪夫さんがわざわざ借りて呉れたつてべーちやん先生から聞いて、涙が出るほど嬉しかつたのよ!」
 僕はべーちやんに軽く憾みを抱きました。さうして改めてじつくり彼女のすつきり通つた鼻筋を眺めながらすこしいやらしい事を考へてゐたら、ルルは茶色つぽい柔和な瞳で階段の僕を上から覗きこんだまゝ、間髪いれずに云ひました。
「でも妾、雪夫さんが襲つてきたら容赦なく撃ち殺すことよ。」
「ハヽヽヽヽそんなことしませんよう」
 ルルが後手に婦人持ちのコルトオ拳銃を持つてゐたので、僕は二十回ばかり激しく首を横に振りました。その午後から僕は、一階の狭い四畳間に住むことになりました。


 二日後、四畳間でグルグルと肩甲骨の包帯を解いてゐる僕の耳もとに、快活なルルがツバメのやうに、爽やかな香水と一緒に表から飛び込んできました。
「あなた引越したくないこと?雪夫さんにはコンナ狭い家は勿体ないわ!妾、いゝおうちを見つけたのよ!」
 彼女は真白な厚手のセーラー服の裾をふうわりと翻しながら土間で一回転しました。コティの匂ひをふりまきながら、ネイビーブルーの襟の線が鮮やかな矩形を宙に描きました。僕はルルに撃たれた痕を赤チンキで手当てしてゐた手から、赤チンキの硝子瓶を取り落としてしまひました。畳に赤い地図がじわじわと悪魔の紋章のやうに、端を虹色に光らせながら広がつてゆきました。
「えつ。だつて僕もルルも此処に移つて二日しか経つていないぢやないですか。」
「いゝのよ。べーちやん先生にでも云つて大家さんに断はり入れて貰へばいゝぢやない。それくらい許して呉れるわよ。せつかく妾のスパイがいゝ物件を教へて呉れたんだから」
 彼女はやわらかい光に満ちた玄関で、足元に蹲つてゐる民間服の男から筒状の文書を受け取つてさつさと目を通してゐました。さうして読み終えたかと思ふと電報を粉々に破りさつて、白い両の腕を広げて天井に笑ひました。その頭上から、粉々の紙切れが雪のやうに降りました。
「あした引越しだわ。今度のおうちは此処のボロ家よりは広くてよ。ああ!妾、やつと自由になれるんだわ!妾は自由の小鳥よ!」
 ルルは僕の新居を天井から土間まで汚らしさうにぐるりと見回すと、不安さうな顔の僕に軽くウヰンクしてニッコリと笑ひました。
「たつた二日しか居なかつたんですもの。挨拶ひとつですむわよ。ネッ!さうでせう!」
「ウン!」
 僕はその夜、泣き喚きながら、怒り狂つたべーちやんに背後から犯されてゐました。


 其の次の日、僕は寝不足のまゝ円タクを雇つて、ルルの呉れた地図を頼りに新しい家に向かつてゐました。
「いゝかい、東京はまだ凸凹道が多いからね、要心して呉れ給へ。」
 僕は二村定一に犯されたお尻を気遣つて、お尻をさすりながら目つきの悪い運転手に頼みました。
「へい」
 片目らしい運転手が、運転帽の庇の下からこちらをジロリと睨んで車を走らせました。
 パッカードのふかふかした後部座席に一人で陣取り、肩の後ろに手を組んで胡坐をかき、バネのよく効いた車体に揺られてゐるうち、僕はウトウトと眠くなりました。
「旦那、着きましたぜ、旦那、旦那ッ」
 夢の中でレヴューの明日待子さんと淫らに絡まりあつてゐたところで起こされた僕は、乱暴に目をごしごしとこすつて、起き上がりました。ポケットから小切手を出して、運転手から云はれるまゝに五円と書ゐて破つて渡して、タクシーを降りました。東京市内なのに高すぎるといふことは、其の時には気付きませんでした。タクシーは僕を降ろすと猛煙をまきあげて走り去りました。
 煙が薄らぐと、其処にはデジャヴが開けてゐました。
 僕は、あの奥様のお屋敷の門の前にゐました。やゝ青錆びた門柱、その幾何学模様の門扉の装飾の隙間から彼方に広がる芝生。あの噴水。僕は門扉に駆け寄り、鉄の扉をがしがしと拳で何度も叩きました。
 すると、門扉が音もなくギイーと開きました。
 僕は恐る恐る、足元のまだ朝露を含んでゐる芝生を踏みました。見上げると、お屋敷は、僕が飛び出したあの日と其の儘の威容と生気を保つてゐました。あまりの懐かしさに僕はほろりとしました。
 あゝ、ルルは僕を此処に帰したかつたんだ。自分の気持ちを押し隠して、僕を奥様の所に…と思ふと熱い涙が止め処なく目頭からあふれました。感傷に浸つて扉の横のベルを押したいのですが、それがどうしても押せません。僕は躊躇したまゝ、指を何度も宙に泳がせました。
 すると、背後から白いメロンの香りをまとつた白い腕が伸びて、感傷を引き裂くやうにベルを立て続けに押しました。家の奥で、耳馴染んだカリヨンの音が憂鬱に重なつて響きました。僕は吃驚して振り返りました。
「雪夫さんたら可笑しいわ。このお屋敷、だあれも居ないのよ!」
 数センチ前にルルの鼻筋の通つた顔がありました。僕は涙の筋を頬に引きながらゝ、馬鹿のやうにあんぐりと口を開ゐたまゝ、ルルを見つめました。ルルは目に微笑をたゝへて云ひました。
「こゝのご主人はなんでも半年前にヨオロッパに旅行に行つたさうよ。さあ。帰つてこられるかどうかは知らないわ。なんでも伯林に行くつて話だつたわ。それを諜報部の人が知つたから妾、住むつもりで。あゝ雪夫さんはついでよ。犬みたやうなもの。勘違いしないで頂戴。あンな汚くて小さな小屋、妾は断然ごめんだもの!」
 僕は犬のやうにルルのすつきりした足許にすがりつき、嵌め物のやうにぴつたりした可愛いエナメル靴やつやゝかな絹の踝に鼻を擦り付けました。そのため、僕は三米ばかり蹴り飛ばされました。


 人気のない玄関をぎいーと開けると、見覚えのある長い廊下がありました。さうして、其の薄暗い中ほどには二階に上がる階段もありました。
「まア素的!」
 ルルは歓声をあげて廊下の突き当りの厚い一枚板の扉を開けて居間に飛び込んでゆきました。其処にはルルの好きさうな白熊の頭つきの敷物もあります。奇妙なホッテントットの人形も置ゐてあつた筈です。案の定、扉の隙間から、孔雀の羽根を束ねたふはふはの飾り物をやはやはと撫でて恍惚としてゐるルルが見へました。
 僕はうつすらと埃の積んだ檜の階段をおそるおそる、一段ずつ上がりました。
 僕の部屋は、驚いたことに、僕が飛び出す以前と其の儘に保たれてゐました。これも薄く白い埃をかぶつた絨毯を踏んで本棚の前に立ちますと、本棚には僕が奥様にお願ひして定期購読してゐた「文芸市場」や「犯罪科学」が整然とならんでゐます。「これは発禁になつた本だけど警保局の丸山鶴吉さんからこつそり頂いたのヨ」と云ふてコレクションに加わつた「モダン千夜一夜」や「ヱロヱロ東京娘」「バルカン戦争」「ヱル・クタープ」等の秘本も其の儘残つてゐました。僕はその一冊一冊を手に取つて勃起しながら感涙を流しました。それから勉強机に駆け寄ると、ふはふは積もつた埃を息と手で吹き払ひました。
 目の前の窓を開放すると、吹き払つた埃たちが頼りなげに青空に旅立ちました。と同時に爽やかな風が吹きこんできたので僕は深呼吸をして、何気なしに勉強机の一番上の引き出しを引張りだしました。
 殺風景な引き出しの中には写真が一葉置いてありました。奥様の写真でした。奥様のもつとも美しい瞬間を捉へた写真でした。僕は奥様の写真を両手に掴んだまゝ、滂沱と涙を落として床を濡らしました。
ところが感傷に浸つてうつうつと奥様の写真を眺めてゐましたら、イキナリ背後から写真を奪ひ去られました。吃驚して振り返ると、ルルが口をちよつとへの字に枉げて眉を寄せて厳しい顔をしてゐました。
「雪夫さん、これは一体なんなの」
 ルルは震へる声で詰問しました。怒つたときのルルのお顔はまた格別の美しさでした。僕はルルの様子が少しをかしいと思ひながら冗談でも話すやうに手をふらふらさせて応へました。ルルの顔がだんだん険しくなりました。
「えゝ其れは此処の奥様ですよ。ルルさんが現はれる前はヨク作文に書いてゐた奥様ですよ。ルルも沢山読ん」
 その途端、僕はビックリするやうな巨大な空気力で窓の外にはふり出されて、空中でクルクル回転すると庭園にどうと落ちました。僕は激しく咳き込みながらあはてゝ玄関をくゞり階段をかけ昇つて部屋に戻り、ふたゝびわなゝくルルの前に立つて言ひ訳しました。
「けふの天気は一体どうしたといふのでせうね。アハハヽヽヽヽ」
 ルルはそはそはしながら一生懸命に冷静さを保つてゐるやうに見へました。
「えゝ、キットつむじ風だわ。ときに雪夫さん、コンナ写真は縁起が悪いから斯ふしてしまひませうね。妾困つちまふわ。」
 ルルは僕に写真の端を持たせると、燐寸を取り出してシャッシャッと数本で小さな焚き火を拵らへ、写真の端に火をまぶしました。奥様の写真はまたゝく間に黒く縮んで、大きな煙を吐き出したかと思ふとちりぢりとなつて宙に舞ひました。
「さやうなら。ホヽヽヽヽ。ホヽヽヽヽヽアハヽヽヽヽヽ」
 奥様の写真が燃え尽きたのを見届けると、ルルは頑丈な本棚をズルズルと押して移動させました。壁には懐かしい地下室へと続く通路の鋼鉄製ドアーがあります。
「こんなことまでルルさんは調べてたんですか。」
「マーア。陸軍の諜報部を甘く見てはいけないわ。」
 青竹色に塗られてところどころが錆びかけてゐる鋼鉄製のドアーをギィィーと開くと、ルルは先に立つて地下室の階段を、トントントントン…と降りてゆきました。ふはふはとボブが揺れて、地下の暗みに溶け込み、首筋の白さが浮かび上がります。僕はドカドカとあはてゝ後を追ひました。


 地下室に降り立つと、暗闇は相変わらずでした。
「ルルさん…あの、何処に」
 ルルの行方を尋ねると、耳の後ろにフッと息がかゝり、イキナリ背後から蹴り倒されました。さうして、アッといふ間もなく、僕はルルに縄で雁字搦めに縛り上げられてしまひました。
「雪夫さんもさうして転がつてゐるとトテモいゝ景色ぢやないこと?素的よ!」
「そんなこと言はないで解いてくださいよう。冗談でせう」
「いゝへ冗談じやないわ。妾、此処で雪夫さんをいたぶるのよ」
「止してください」
「アラ。ぢやあこのまゝ雪夫さんを放つて置ゐて行かうかしら。此処はなんでも夜になると三米ばかりになる錦蛇が何匹も出るといふ噂だわ。」
「ルルのお好きなやうに如何様にでも!」
 僕はルルの手でキリキリキリと天井から蓑虫のやうに吊り下げられました。蝋燭の光が灯され、希臘の巫女のやうに簡素な肌色の貫頭衣に身を包んだルルの顔の輪郭が、闇に浮かびあがつてゐます。
「妾、殿方の射精といふものを見たことが無いのよ。此処なら心置きなく見られるワ。さあ雪夫さん見せて頂戴。」
 僕は吊り下げられて重心が取れないまゝ、クルクルと回転しながら答へました。
「でででででも、ルルは以前にも浅草でぼぼぼぼくの射精を」
「アラ。妾、後ろを向いてゐたから分かんないわ。イヤならいゝわよ。パンピネオでも呼んで其の儘噛み殺させてやりませう」
「分かりましたよう。デモいくら男でも此の儘では射精など出来ません」
「あゝさうでしたわね。」
 ルルは暗い部屋の片隅から巨大な機械をガラガラと引張つてきました。機械からは長い管が伸びて、その先に網状になつた筒が附いてゐます。
「此れは一瞬にして十数回の射精を覚醒するマシンよ。その…殿方に三百ボルトの電流を流して強制的に射精させる機械ですの。殿方は一日に十回かそこいら射精するのでなくて?」
「そ、そんなに射精しては死んでしまひます。」
「アラ。妾の読んだ本ではさう書いてありましたわ。雪夫さんの本棚にあつた本ヨ」
「あンなものを間に受けてゐたら不能になつちまひます!」
「残念ねえ。折角一万三千円もかけて陸軍砲兵工廠で工作させたんだけれど。」
「あの。其れはちゃんと実験などしたのですか」
「えゝ、したわよ。元拳闘家の屈強な兵隊や女郎屋の女をみんなよがり死なせた強豪や類稀れな巨根や精力にかけては比類のない亜剌比亜馬なんか実験にかけたわ」
「どうなつたんですか」
「みんな死んだわ」
「止しませうよ、ネエやめませうよ。反対反対ッ」
「もつたいないなあ」
ルルは管の先についた網状の筒を繊指で弄んでゐましたが、パッと明るい顔をして提案しました。
「だつたら妾、今から浅草中のヱロガールを集めますわ。一騎当千のヱロガールだつたら雪夫さんも不足ないでせう、ネ、ネッ」
僕は其れでもいゝやうな気がしましたが、いたぶられることに変はりはありません。
「ルルは奥様の写真にも焼餅を焼ゐたのに、浅草中の可愛くて巧みなヱロガールに嫉妬しないでいられるでせうか」
 ルルは手にしてゐたロゼのワイングラスを床にパシャンと叩きつけ、ボブを散らして激しく首を振りながら、真赤な口を開けて叫びました。
「ヱヱヱヱヱヱヱッーーー」
 さうして地団駄を踏み散らすと、僕を思ひきりハイキックで蹴り上げました。
「オンアボギャ」
 ルルは涙を散らして叫びました。
「妾だつて厭世観くらいあるわヨ。なにさ、判つたやうなこといゝやがつて、かうしてやる」
 ルルは機械に飛びつくと、勢いよくスヰッチを入れました。蝋燭の明かりだけの薄ぼんやりとしたくらい部屋に、赤色や緑色の鮮烈なスヰッチが煌煌と輝き、機械の内から内燃機関的な駆動音が高く響きました。ルルは僕の陰茎をヅボンから引き出すと、管の先に附いてゐる網をこはごは被せました。ところが其のとき遅くかのとき早く、僕は屹立をほしいまゝに、こゝを先途と射精してしまひました。
「キャッ」
 ルルは目を覆つて機械によろけました。機械によけろた拍子に、何かの目盛を最大限にまで引き上げてしまひました。脊髄に強烈で抗いがたい何かが、まるで太い杭のやうにヅンと貫きました。さうして激しく痙攣しながら、約二十秒の間、とめどなく噴水のやうにドクドクと射精をしてしまひました。それから其のまゝ、愛惜ともカタルシスとも云へない、奇妙な感情を覚へると共に失禁してしまひました。僕は自分の網にかゝつて死んでゐる蜘蛛のやうにブラブラと綱の先で回転しながら、小便を床の半径二米に撒き散らしてしまひました。
「あああああーーー」


 人心地のついたらしいルルは、シングルカットのボブに囲まれた涼しい眼で僕を見据へました。
「あゝスッキリした!この機械にかゝつて生きてゐるのは雪夫さんだけよ!流石はヱロの大家だわ!」
 僕は其の真つ直ぐな焦茶色の視線に吸ひ込まれました。胃散でも飲んだかのやうに、頭から腹の中までスッキリした爽やかな気分になりました。
「さうですね、さうですよ!」
 僕は物憂く立て続けに十数回、頸を縦に振りました。ルルが僕の頸に赤い立派な首輪を嵌めました。
「いゝこと。これから妾がこのお屋敷の主人よ。女主人だわ。こゝで妾は面白をかしく暮らすのよ。もちろん雪夫さんも一緒だわ。デモ雪夫さんは犬けらよ。妾の云ふまゝよ。さあ返事をおし」
「ハイッ」
「ハイぢやない!ワンでせう!」
「ワンッ」
「違ふわ。雪夫さんは雪夫さんよ。此処でお好きなやうに作文なさい」
 僕は斯うして書生とも居候ともつかず、またお屋敷に住むことになつたのでした。